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2012/03/14

「キャバレー」

今日はミュージカル「キャバレー」を見に行った。
杜けやきさんが、さすがの演技と歌唱力!ほかの役者さんもとても良かった。
しかし・・なにか、舞台全体に妙な不自然さを感じた。受けるべきところで笑いが起きないのだ・・・。固い・・・。エロティックな内容なのにはじけていない。
諸星さんも最初まったく固くて、段々すごく良くなってた。ローラースケートを履いた辺りからかな?(笑)あれももうちょっと盛り上げてって良いと思うけど、ちょっと恥ずかしがっているような感じで。
「ドロウジー・シャペロン」で初ミュージカルで藤原紀香さんがすごく良かったし期待していたのだけれど(何よりも、浮いておらず、調和が取れていた!)、終わる頃のキャバレーを独唱する彼女が、役のサリーの、苦しんだからこそ、明る生きていくんだ!という説得力のあるーサリーじゃなくて、申し訳ないが、上手だけれど歌の内容に酔っている「藤原紀香」だった。この時点でそれをすごく感じた。

そして最後にカーテンコールの後に、彼女がマイクを持って挨拶を始めた。何をいうんだろう!?と悪い予感がした。
震災の募金等を求めるのは良いが、“皆にメッセージを込めてやっているんだ、皆の幸せを願ってやってるんだ”、というような説明に、一気に興ざめしてしまった。
役に成り切り、純粋に舞台を作る事が役者の指命で、その役に共感することが出来たりすることで、感動したり幸せを感じたり、受け手側が色んな受け止め方をするのだと思う。
しかし歌の内容を皆さんにもわかってほしい、とゆー、自分が受けた感動を客に押し付けるような言葉は、余りにも無粋ではないか?
もっと言えば、おこがましいし、余計なお世話である。それを言わないと、メッセージが伝わらないのか。
昔、若い頃、歌の師匠に、自分で酔うほど、人はわかってしまうし、引くし、感動はさせられない、とたしなめられた事を思い出したw

自分の仕事のスタンスとか、そういうのは自分の中で考えることで、役者として舞台に立ちながら、客に自分のスタンスまで話して、自己陶酔の演者になるのは、客から見ると役に共感もしずらいし、本当に興醒めしてしまう ・・・。
2部が大分勢いがついてきて、あっけない終幕ではあったものの、殆ど主役となっていた杜けやきさんと木場勝己さんに満足して、なんとか良かったかな~と思っていたのが、その最後の挨拶で、完全に夢から覚め、彼女の自己陶酔のために募金する気には、正直なれなかった。
募金をお願いするなら、めいっぱい舞台の世界に引きずり込んで、役になりきって、それで観客が感動して、幸せになって、その幸せを帰りにわけてもらう・・・ならわかるな。
多分、チケット以上の舞台を見せてくれたら、満足して募金するでしょう。

最後のお辞儀の仕方、登場も、「藤原紀香」になっていいけど、どこのお姫様かな、という位の、美しく見せる為にやりすぎの最上位のくどいお辞儀の仕方で、それも浮いていたし、TPOがわかっていない感じがした。サリーじゃなく、「藤原紀香」というキャラの自我を出しすぎて、舞台のことなどすっかりなくなってしまった。役を壊しすぎ。
演出家が悪いのだろうけど。彼女には何も言えないのか?もしくは2回目の再演だからか。
それくらい、キャラの強いタレントだと思うが、前回見て、すごく期待していただけに、「ああ、この人はやっぱりタレントなんだな、役者ではないんだな」と思った。
昔、松嶋菜々子さんが藤原紀香さんと比べられ、「私は女優なので比べられても・・・」と困ったシーンがあったのを思い出した。

好きなタレントさんではあるけど、彼女の舞台はもう見れないなあと思ったのが、非常に残念・・・。

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コメント

>reiちゃん
そういう雰囲気バリバリあったよ~^^; まさに「ざんねん」な状態!
ソフトバンクじゃないけど、「おかしい事をおかしい」と言ってくれる人がいない、って一番怖いかも(+_+)

投稿: あけはむ | 2012/04/18 00:18

あるいは演出家の方が言えないのか・・
残念だったねぇ~・・

投稿: rei | 2012/04/17 23:57

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