2010/03/08

Dr.パルナサスの鏡

夜、急いでまだ売られていた前売券を1枚買い、「Dr.パルナサスの鏡」を観賞。
数年ぶりにパンフレットを買ってしまった。DVDも欲しいかも。
夢の世界をリアルにビジュアル化されて、ここまで人は踏み込める様になったのか。
人間の欲望が有る限り、悪魔の遊び相手は尽きないだろう。

新宿駅まで歩きながら、3月一杯で区切りを付けようと思っていたmixiアプリ、もう、やーめよー、と、漠然とよぎる。
懲り性も欲望ですわ・・・。
あなおそろしや。

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2010/03/06

二人の歌手

木曜日、朝から空回りだった。
スカートスーツを袋にも入れずに、近くのクリーニング屋へ。
途中、あ、まずい、と思ったが休業日を確認し、家に戻るかどうか、迷ったが、一度出かけたものの、すぐに思い出してこのスーツを取りに戻ったから、また戻るのも悔しい。
それでは、1つ先のバス停まで歩いていって、交差点のクリーニング屋へ。
やっと見えてきて、道路越しに店を見たら、カーテンが閉まっている。
「1時~3時まで休憩します」
ここは、イタリアか?

そこへバスが来た。渋谷へ向かわなければならないし、そのままバスに乗ってしまった。さすがにそのままスーツを持ち歩くのはいただけない。アクアクララで昔もらった、キャラクターのペンギンのとぼけた顔が描かれた青いエコバックに詰め込んだ。
そして駅の近くにある交番でクリーニング屋を聞いて、なければ渋谷のクリーニングへ出そうと考えたが、警官が二人がかりで探し、近くても面倒な場所だったけれど、親切な対応に行かないわけにはいかず、そこで出した。まるで迷い猫。
新規客のため申込用紙に書いたりしている時に電話がなったり、あたふた。
落ち着かない。

夜は雨が降ってきた。寒い。渋谷から移動して、千明せらさんが原宿の「La Donna(ラ・ドンナ)」に出演するので、久々に会いに行った。場所がわからず人に聞きながら到着。
オープンしたばかりのミュージックレストランで、綺麗だし、スタッフの雰囲気もよく、飲み放題で、食べ物も美味しくて、つい友人H田さんが到着するまで、すでにシャンパンやらワインを数杯流し込み、オードブルも3品をむしゃむしゃ。
酒の強い彼女と一緒に飲むと、どうも強気になる。私も弱くはない方だけど、最近は、飲む日は月に1週間程度に限定しているため、すきっ腹だったし、かなり酔った。
そして、さらに、飲んだ。どんどんついでくれるし・・・。

千明さんが元気そうでよかった。色々とあったから心配していたけれど、安心したからなおさら、飲んでしまったと思う。彼女の歌声に癒されましたし、H田さんとも盛り上がって、楽しくって、だからお酒も進んだ。

帰りにダンナに電話したみたいだけど、明日が早いとか聞いて、自力で帰ると宣言し、家にたどり着いたものの、ピンボールのように家の中を徘徊し、寝ているダンナにダイブしながら恨み言を言い睡眠の邪魔をして早く寝ろと叱られたり、それでも、顔を洗ったり歯を磨いたりしてなんとか寝た。

次の日の金曜日の朝は、ものすごい二日酔い。何年ぶりだろう。ダンナからも、出会ってから、あそこまで酔うのは初めてでは、と言われた。たしかに。私は酔ってもへべれけになるのは、好きでないが、この日は、まっすぐ歩けなかった。ちゃんと帰ってきた自分がエライ!
午後に家に鑑定しに来る予定だったので、何とかアルコールを抜くために、ビタミン、キャベジン、梅干、大量の水、そして風呂に入った。頭がジワーっとして、アルコールがもわぁっと出てきた。

そして夜、目黒のミュージックレストラン「BLUES ALLEY JAPAN(ブルースアレイ)」へ。ダンナとは現地集合で、同じくらいの時間に到着。
私の歌の先生でもあり、姉のような存在でもあり、シャンソン歌手としてデビューさせてくれた恩人でもある、日高あいさんが、故郷の鹿児島へ帰ってしまう。ゆえに、この夜のコンサートは東京では最後となる。
最高でした。バンドも最高だし、たくさんのお客さまに囲まれて、幸せそうでした。
終わりの日が来る事は信じられないけれど、東京から一人、素晴らしい歌手が去っていくことは事実。なんともいえない寂しさです。
ピアニストの方や、お客さまで、何年もお会いしていないのに、私に声をかけてきて覚えてくれていて、あいさんの唯一の弟子だったんだなあ、と自覚した。今まで自分のやりたい事しか目をむけていませんでした。。。
自分が日高あいさんの世界に確かにかかわっていた事が事実だったんだ、という実感は持てたけど、それ以外は、何か空虚感しか今は残りません。
歌手をやっていく事はとっても難しい。こうして東京のどこかで、素敵な時間を繰り広げる事ができる人たちも少ない。
けれど、そういう時間を共有できる事は、最高に幸せだった事を、初めて気づいた。

でも自分はどうすればいいか、まだわかりません。

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2010/03/03

小川町・神保町

午前中、企業研修の講師の仕事を終え、神田小川町でバイオベンチャーの先駆けTさんと、ランチ会談の約束をしていたので「薮そば」で待ち合わせ。
小川町は前職のWEBプロデューサーをしていた頃にずいぶん馴染んだ町。
店へ行く途中、淡路町交差点の横断歩道を渡る時に、自分の残像を感じて、「懐かしい・・・」とひとりごちた。

久々の薮そばは美味しかったし、昼からビールも少し飲み満足。
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薮そばの前のカフェで美味しい珈琲を飲む事も予定していたが、驚いた事に、先週テレビを見ていて、ショパン生誕200年で「ショパン」という昭和8年創業の喫茶店が紹介され、ぜひ行ってみたい、と思っていたら、まさにその店だった。
綴りが「CHOPIN」でなく「SHOPIN」のステンドグラスも撮影。その昔、ステンドグラス職人が綴りを間違えたらしい。ポーランドで生まれた時の綴りは、Szopen。やっぱり間違えですね。
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充実したお話もでき、解散後、予定していた神保町の原書房へ、お初訪問。精神世界の新書、古書を扱う店。
そこに高尾宗家の新品の秘伝書があった・・・。
Ⅰ巻、63,000円。Ⅱ巻、はちまんきゅうせんなにがし・・・。
読んでいくと、生き生きと文章が声の様に語りかけてくる。少なくとも、私には、いつか見た冒険映画の、本を開けたら光が出て顔を照らされるシーンがかぶった。
値段に軽いジャブをくらい、店の中の本を一通り確認し、また秘伝書を見て、パタリと閉じ、また他の本を探り、3回目に秘伝書を開いた時には、店主が卓越したタイミングで「その事典(Ⅱ巻)は古本で6万円でありますよ」と何年もこういった客を扱ってきたプロの売り文句を一言。
私は値段を独り言の様に復唱し、また本に目を通した。
「この本は役にたつねえ」とさらに小まめなジャブ。
私はたまらず、「古本って、どのくらい古い感じですか?」と笑いながら聞くと、すぐに奥から持って来て、殆ど新品状態の本を見せて「ほら、殆ど新しいよ。4万くらい安いね」
『3万でしょう』と心の中で返しつつ、
ああ、この店主はすでに私の心臓をつかんでいるな、
それにしても神田本屋街のこの奇妙なパワーはなんだ?
骨董品を買う時のどこかのオジサンの優越感と担がれる気持ちよさってこんな感じか、
古い壺を買って帰ったオヤジが、奥さんに、また訳のわからない物を買って、と言われて、いじけつつも、一人ほくそ笑む、でもその購入を後押しするのは、骨董屋の亭主のこちょこちょと、購買欲をそそるテクニック・・・。
と、本の魅力以外の購買意欲の理由を、店主の絶妙なプッシュ加減に瞬間的に求め、
「これは便利だ」という最後のアッパーで、「お金おろしてきます」とボソリと言って店を出た。
そういえば、外貨建ての保険商品の解約戻り金が、米ドルで約6万くらいだったと思い出し。
店に戻り、買う時には、なんともワクワクしてしまった。こんなワクワク感って、滅多にない。
同じくらいの洋服を買っても、買った時点で、崩壊へ向かう万物の物理現象とは違い、どんどんと価値が増してくる。
きちんと紙包みで包装してくれ、神田本街用の大きな袋に入れてくれた。そして「大事にしてね」と言われ、ニコニコしながら頷いた。

帰ってから、少し目を通すが、かなりのパワーを感じて、少しの恐怖感もあり閉じた。
軽々しく見てはいけない気もしたし、1日きちんと時間をとって、うやうやしく読んでみよう。

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